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ひめゆりの塔に行き、映画も見た戦争の感想 6月23日慰霊の日、沖縄平和祈念公園に行った日②

ひめゆりの塔

ひめゆりの塔に行き、映画も見た戦争の感想 6月23日慰霊の日、沖縄平和祈念公園に行った日②

6月23日慰霊の日 沖縄平和記念公園にいった内容はこちらです。

沖縄平和祈念公園
6月23日は沖縄慰霊の日 平和祈念公園と平和祈念資料館、ひめゆりの塔で戦争の惨劇を学んだ6月23日は沖縄慰霊の日 平和祈念公園と平和祈念資料館、ひめゆりの塔で戦争の惨劇を学んだ 6月23日は沖縄の慰霊の日 194...

ひめゆりの塔について

八紘一宇(はっこういちう)、世界を一つとして天皇が国を治める。そんな天皇総帝論の皇民化教育が行われた戦争中で、戦争状況が厳しくなるにつれ、沖縄戦が予想されると、沖縄の学生達も根こそぎ動員で、戦争の現場に連れて行かされることになります。その連行された結果、なんの罪もない若い多くの学生が、いたるところで無残な体験に会い、多くの死者が出ました。その一つのひめゆり学徒隊の多くの犠牲者を出したガマ(自然洞窟跡)が今も残り、慰霊碑と資料館が建てられている場所です。

ひめゆりの塔以外でも、同じように無残になくなった学生たちの慰霊碑が沖縄にはたくさん存在しています。

現在はきれいな海の沖縄のイメージですが、過去にこんなにもつらい戦争体験をした人たちが実在した悲劇の地であることも学ぶことができます。戦争は絶対にしたらダメだと痛感させられる場所です。

ひめゆりの塔の場所

 

ひめゆりの塔に行く前に持っていたイメージ


ひめゆりの塔の名前はもちろん知っていました。なんとなくですが、戦争の悲劇なのも知っています。でも正直、真正面から向かい合って、そのひめゆり学徒さんたちが、うら若き青春の真っただ中、過酷な現場で働き、凄惨な最期を迎えられた場所に、軽い気持ちでおもむくことはできなかった、といったほうがいいくらい、怖かったのでした。
私の信仰している仏教教団のお護摩で平和祈念公園に来たときも、スケジュールに入ってなかったのと、個人的な沖縄旅行でも、友人たちとひめゆりの塔に行くことの選択肢はなかったのでした。
内地にいたときに、ひめゆり学徒たちの証言の本は買ったのですが、なんだか読めなかったのでした。わりとこういう怖いことにも耐性のあるほうなのですが、このひめゆりの塔にかんしての書記については、不思議とあまりの残酷さからか、あまりにも哀れだとおもったのか、目を背けたくなる気持ちがあり、真正面から向き合えなかったのです。
これは一体どういうことなのか、わからない未知への恐怖ということなのだろうと思い、今回は真正面から向かい合って、慰霊の心をもってその場所に赴くことにしたのでした。

6月23日沖縄慰霊の日での、ひめゆりの塔

6月23日慰霊の日に、沖縄平和祈念公園に行ってから、ひめゆりの塔にも行きました。

場所は想像していたようなところにはなくて、普通に隣には観光客向けのお土産のお店があるなかで、ひめゆりの塔の駐車場Pのマークがどんと現れました。観光客も結構いて、ちょっとほっとしました。
駐車場に車をとめると、となりに入り口があり、石碑がありました。
奥にひめゆりの塔があり、慰霊の日ということもあってか、慰霊碑にはテントが張られていて、たくさんのお花とお供え物が備えてありました。

石碑の前にはガマのような穴があいています。このガマにかつての沖縄陸軍病院第三外科がおかれた壕だということで、いっきにリアルな現場に居合わせたような感じがします。
あとで詳しく知ることになるのですが、ここが実際の外科病院だったという事実と、ひめゆり学徒のひとたちも、最初は病院勤務と聞いて、安全な屋内での勤務であろうと思っていたことと、日本軍は優勢だから戦争もすぐに終わり、一時的な勤労になるであろうと、ほんとうに信じていたということでした。だからあとで振り返ったときに、こんなおぞましい運命が自分たちに待ち受けているとは思ってもいなかったと証言者の方が語っておられたにも驚きました。
若い女学生たちは、お国のために役に立つんだという喜びと、10代の乙女特有の初々しくみずみずしい感性を失わず、負傷した兵隊の看護にけなげに励んでいた事実に胸がうたれました。

歴史と証言と実際の映像をみて、感じて、いろんな衝撃と、絶望とがおそいましたが、わたしが一番、諸悪の根源は何だったのかということに思いをはせたときに思ったことは、この国の上に立つ人間の、あまりにもひどい地獄の様相をおびるエゴイズムだと思いました。
何をもって正義とするのか、誤った見解によって構築された価値観の元、こんなに何の罪とがのない民間の犠牲者を出しつづけたことへの憤りと、知らぬ間に幸福の定義を最期はお国のために散華することだと洗脳され、時代の情勢に巻き込まれていく恐怖でした。
地獄におちるのは地獄の心をもった人間なのだと思いますが、一生懸命、純粋に国のため、個人の幸せよりも、公のため、とひたむきな心で尽くす人間が地獄になど落ちるはずはない、と信じたい。この方たちが光に包まれて天に召されていく姿を何度も何度もイメージしながらお祈りさせていただきました。

左奥には、資料館があります。ここは時間をかけてゆっくり見学してみてください。

ひめゆりの塔の資料館ですっかり戦争の悲惨さ、残酷さ、知らなかった沖縄戦の本当の姿が見えてきて、茫然自失状態のわたしにぼーさんが、名護に帰る途中で、映画『ひめゆりの塔』を借りて観たい、と言います。

『あゝひめゆりの塔』の映画を視聴した感想

「あゝひめゆりの塔」1968年作品 主演:吉永小百合 日活映画

え・・・まだあの衝撃を見させるのかい・・と内心思ったのですが、
慰霊の日を前にした沖縄のテレビ放送で、ガレッジセールのゴリさんが映画の『ひめゆりの塔』を見て、沖縄と戦争のことを深く考えるようになったと言っていました。
そのゴリさんも、最近の演劇や映画作製に関しても、沖縄のことを伝えることに精力をだしていると情熱を込めて言っているのが印象的でした。
そんなこともあって、慰霊の日にひめゆりの塔でお祈りもさせていただいたので、
わたしも沖縄と戦争に向き合ってみようと決意が湧き出ました。
それで自宅の近くのGEOに行きました。沖縄コーナーという場所があって、そこには
『ひめゆりの塔』はなくて『あゝひめゆりの塔』がありました。
調べてみると1953年に公開された『ひめゆりの塔』とは別作品の1968年公開の映画でした。主演が吉永小百合ということもあって、力をいれた作品であることは間違いないと思います。なので見たかった初出の作品がGEOにはおいていなかったのですが、若き吉永小百合を見るだけでも十分価値があると思い、借りることにしました。

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戦時中とはいえ、冒頭は、教師をめざすひめゆり学徒の明るい青春の心情が、いまの平和な学生たちとなんにも変わらない様子で描かれています。
ところが物語がすすみ、本格的にアメリカ兵が沖縄に上陸すると、運命が過酷さを増しに増してきて、アメリカ兵からの嵐のような砲撃のなか、野戦病院に看護師として従事する彼女たちに、残酷な試練がこれでもかこれでもかと襲い掛かります。

映画でも、容赦なく降る鉄の暴風という表現そのものの、砲撃や銃撃が沖縄の民間人をもまきこんで、容赦なく襲います。
野戦病院に運び込まれる負傷兵のほんとうに悲惨な様子は多少抑えられているような感じでした。証言によると、充分な医療物資のないなか、外科手術といえば、のこぎりで腐った足を切断していた、とかウジが負傷兵の包帯の中で、ぎしぎしと音を立てて、肉をたべていたとか、ものすごい表現が出てきていたので、
いまのCG技術だったら、もっとそのグロテスクさを再現できたかもしれませんが、逆にモノクロな画像が、映像の暗さからいろんな想像力を掻き立てている演出になっていました。
ちょっと驚いたのがこんな過酷な環境中でも、乙女たちは感情豊かなのです。泣いたり、笑ったり、戦争で野戦病院の薄ぐらいなか、せっせと毎日の過酷極まる勤労に従事している中、校長先生から学校の卒業式をしてもらえることに「やったわ~!」と言ってはねて喜んだり。その純粋な健気さが余計見る者の心をうちます。絶望の中でも勇気をふりしぼって、その中でも人間らしい尊厳を失わず、懸命に看護をしている姿に胸をうたれました。

物語も中盤から後半に差し掛かるとこんなに救いのない運命というのがあるのかと、ただただ戦争ということの罪の大きさに諸悪の根源とはいったい何なのかと考えさせられます。なぜにこんなに命が軽く扱われるのか、純粋な心が踏みにじられるのか、そしてなぜだれ一人、個のわがままをだすことなく、忍耐し、公のために尽くすことができるのか。
スクリーンの中でつぎつぎと爆撃のなかで、志半ばで散っていく若い乙女たちの姿と若い学徒の姿をみて考えさせられます。
そしてひめゆりの塔祈念資料館でみた、最後の資料映像、ドイツのヒトラーに洗脳教育をうけた、当時のひめゆり学徒と同年代のドイツ人のひとの回想で、生き証人たちが語っていたことも思い出されます。若い人は純粋なので誤った方向に教育すると、なんの疑問ももたずに独裁者に忠誠を誓う。まさか自分たちが間違ったことを教えられていたなんて夢にも思わなかったということ。
知らぬ間にひかれているレール、戦争のほうにひっぱられていくレールにいつのまにか乗せられていたと語っていた当時の若い戦争体験者たちの証言の数々を思い出しました。
そういう意味でも、今回わたしが感じたこの衝撃を、すこしでもこの記事を読んでくれたひとに響けばいいなと思います。そして、ひめゆりの塔には本当に人生に一度は必ず訪れてほしいと思いました。若い人はとくに知っておくべき、生きた智慧が百聞は一見にしかずで、分かってもらえると確信しました。ひめゆりの塔祈念資料館は来年2021年4月に本格的なリニューアルがされると最近のテレビで知りました。この資料館にこめられた職員さんの熱い思いをテレビで知りました。ぜひ足を運んでもいたいのと、ひめゆりの塔の映画もぜひ視聴することをおすすめします。

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