沖縄の文化・歴史 PR

沖縄の歴史 わかりやすい 年表 琉球の歴史 わかりやすく

沖縄 琉球 年表 わかりやすく
記事内に商品プロモーションを含む場合があります
じんた

沖縄の歴史を石器時代までさかのぼって、わかりやすく年表にしたよ。

たこん

時系列やと、琉球がいつ始まって、いつ沖縄になったのか、やかりやすくて理解がはやまるね!

また、詳しく足していこうな!

■身口意を正す「瞑想・観想」梵字アイテム

沖縄名入れアトリエ(Amazonストアページはこちらをクリック)

沖縄の歴史 旧石器時代「陸続きの琉球列島」

氷河期の1万年前までは海水面が低く、陸と陸とが繋がっていた。

鹿やゾウなどの化石が出土している。

日本琉球
1万2千年前氷河期・水面が低い時代で陸続き 
・石灰岩で人骨が残されやすく最古の骨
 2万2千年前が港川で発見されている
・港川フィッシャー遺跡
・サキタリ洞穴遺跡
9000年前貝塚文化貝塚文化
・仲泊遺跡
・室川遺跡
・仲原遺跡
・宇堅貝塚群
2400年前弥生時代11世紀まで貝塚文化が続く
■沖縄史跡の地図
沖縄の遺跡地図

歴史書から見る沖縄の歴史

中国や日本の歴史書に

「流虬・南東・留求」などの文字が登場するが、

沖縄本島なのか台湾なのか断定できないとされている。

「阿児奈波嶋・あこなはじま」も沖縄本島か鹿児島のトカラ列島か

も断定できないみたいです。

この時代の沖縄は、まだまだ貝塚時代

■歴史書にでてくる沖縄の年表
中国日本琉球
592随 
煬帝
古墳時代 崇峻天皇
593飛鳥時代 推古天皇
605・中国史に流虬(りゅうきゅう・琉球)
文字が現れる。

・1650年編纂の中山世艦に

虬龍(きゅうりゅう)と出てくる。
「虬・きゅう」はミズチとも呼び、

竜の子で角がある想像上の動物
島の形が長くうねっている様子を表現
按司も現れている
607小野妹子 遣隋使・隋の煬帝、羽騎朱寛を琉球に派遣するも
 言葉が通じず、島人一人連れ去る
609・隋の煬帝、琉球を攻め、
 城を焼き男女千人を虜にして帰る
618
701大宝律令 文武天王
707 元明天皇   ・大宰府(地方行政機関)で
 南島人に位を授ける
710奈良時代 元明天皇
平城京 遷都
720元正天皇   ・大和朝廷、
 南島人232人に位を授ける
・「日本書紀」できる
753孝謙天皇   ・藤原清河、阿倍仲麻呂、吉備真備ら
 遣唐使が阿児奈波嶋(あこなはじま)に
 漂着 唐の僧、鑑真も漂着
*沖縄の名前が日本史に現れる

「あこなは」が「おきなわ」
そして
「うちなー」と変化説あり
794平安時代
桓武天皇 平安京遷都
900醍醐天皇・各地に築城が始まる
927・「延喜式」に南島は
 大宰府の管轄と記述

これまで(約1000年前)は、

今にみられる、

沖縄独自の文化はまだ開花されていない時代なのがわかります。

沖縄の歴史 古琉球時代

首里政府が1650年羽地朝秀(はねじちょうしゅう)に編成させた

歴史書「中山世艦」(ちゅうざんせいかん)に書かれている

1186年までを、『古琉球時代』と分類されています。

じんた

1650年は第二尚氏王統の尚質王の時に作られた史書に、

あまみくが琉球を開く話、舜天王が源為朝の子孫、

■天孫氏王統(25代)

【天孫氏王統 1万年前~1186年】 

1650年編成された『中山世艦』に記載されている

『創作の歴史王統の時代』

 阿摩美久(あまみく)が島を造り、天帝の子なる男女を作った。

長男国王で天孫、長女は大君、次女はノロなどと、

720年に日本で編纂された『日本書紀』と似ている神話が書かれています。

・神話の王統
・天帝の命をうけた阿摩美久(あまみく)が島づくり

これは1650年に首里政府が編纂した『中山世艦』に

書かれている創作の王統時代

しかし、神話だけの沖縄ではなく、

実際に沖縄に住む人々の生活習慣も体系化されていきます。

【沖縄の御嶽(うたき)の歴史】

今までは貝塚文化で過ごしてきたけど、

12世紀ごろになると、

琉球でも水稲農作が開始していく時代になります。

それに伴い、集落が大きくなり、生活に関わる祭事が整ってきます。

集落では守護霊(祖先神)を祀った御嶽(うたき)ができます。

守護霊(祖先神)を祀っている祭事の場所がアサギ

集落の政治は男性が行い、祭事は女性が行った。 

兄弟をエケリ、姉妹をウナイと呼び

エケリが権力を持つと、ウナイが根神となり、

集落の宗教的支配者ノロ(ヌル)となった。

古い時代の集落(村)は小高い丘陵南側の傾斜地に立地していて、

御嶽(うたき)の大部分が村のほぼ最後方に位置している。

そして、その手前に、根所(にーじゅ)、分家と配置されている。

御嶽はもともと集落を創設した祖先の葬所で、

それを子孫を守護する先祖神の鎮座する場所として神格化されていく。

*遺骨の出土がない御嶽も存在しているみたいです。

《沖縄宗教史の研究 知名定寛先生より》

そこから、

さらに生活の集落も大きくなるに従い街になり、

祭事も神格化が調って儀式が増えていくようです。

じんた

沖縄の歴史もまさに、

最も初期の宗教の形態の「アニミズム」ですね!

アニミズムの定義は、

「魂やその他の精神的な存在全般に関する一般的な教義」

グスク時代 11世紀~15世紀(城塞・祭事の集落もグスク)

石積みの城塞(じょうさい)だけではなく、

祭事をする集落もグスク

沖縄にはたくさんのグスクが存在していた。

■古琉球 1186年までの沖縄の年表
日本琉球
1153平安時代
崇徳天皇
浦添城の高麗瓦造られる。(1273年説もある)
1165六条天皇源為朝(みなとののためとも)今帰仁運天港に漂着と
「中山世艦」に記述在り

「流虬」を「流求」と名付ける。
1170高倉天皇源為朝、八丈島で殺される
浦添按司 尊敦(そんとん) 
源為朝と大里按司の妹に出来た子供とされている。
1180安徳天皇舜天(しゅんてん)15才で浦添按司となる
1185後鳥羽天皇壇ノ浦の戦い 平家滅亡

■舜天王統 3代 73年

“源為朝の子が琉球最初の国王 舜天(しゅんてん)伝説”

の王統時代

日本琉球
1187平安時代
後鳥羽天皇
舜天 22才 王に就く 
1192鎌倉時代
源頼朝(よりとも)
1237四条天皇舜天王死去 72才
1238舜馬順煕(しゅんばじゅんき)54才王に就く
1248五深草天皇舜馬順煕(しゅんばじゅんき)64才死去
1249義本(ぎほん)44才 王に就く
1259亀山天皇義本 54才王退位(国頭村に墓がある)
たこん

「中山世艦」を軽く読んだけど、

内容からして、

舜天さんのお父さんが源為朝っていうことは

ちょっと考えにくいと感じたんやわ。

■英祖王統 5代 90年

太陽の子 英祖(えいそ)が王になった「伝説的な王統」

・浦添ようどれ築き
・禅艦の極楽寺建てた

*「統一できていない」から「伝説的な王統」と区別されています。

■英祖(えいそ)王統時代の沖縄の年表
日本琉球
1260鎌倉時代
亀山天皇
英祖 32才 王に就く 
神号「英祖日子」(えぞのてだこ)
1265禅艦僧 来球 仏教伝来 
浦添「極楽寺」 創建【琉球に文字を伝えた】
1273浦添城の高麗瓦造られる。(1153年説もある)
1274後宇多天皇禅艦僧 死去
1299英祖王 死去71才 浦添ようどれ墓
1300後伏見天皇大成 54才 王に就く
1308花園天皇大成 死去 62才
1309英慈 42才 王に就く
1313英慈 46才 死去
1314玉城 19才 王に就く
このころ三山が成立された
1322怕尼芝(はにし) 
中北山を滅ぼし、北山王となる
1336室町時代
足利尊氏
玉城 41才 死去
1337西威(せいい)10才 王に就く
察度 浦添按司になる
1349西威 22才 死去
じんた

浦添市にある、浦添ようどれは「極楽陵」(ごくらくよう)とも呼ばれて、英祖王の墓といわれています!

なんと、1620年尚寧王がこのお墓を改修して、

尚寧王、自らもこのお墓に埋葬されています!

浦添ようどれ①
浦添ようどれ②
浦添ようどれ墓室内
資料館には、墓室が再現されて「石逗子」も見れます!
たこん

浦添城跡もあるから、

観光やピクニックにめちゃおすすめやで!

一日かけてゆっくり、じっくり楽しめるで!

■察度王統 2代 56年

天女の子 察度(さつど)が王になる「伝説的な王統」

・1372年 中国 明の貿易に応えて
 洪武帝から国王と承認され
「瑠求・りゅうきゅう」から『琉球』に改名される

*まだ統一できていないから「伝説的な王統」と区別されています。

じんた

1372年から廃藩置県で沖縄県になる1897年までが

『琉球王国』の時代です。

『琉球王国』は

1372年から1897年までの約507年

■察度(さつど)王統時代の沖縄の年表
琉球
1350察度(さつど)
【本名:謝名もい】30才 王に就く 
《羽衣伝説》
父が天女の羽衣かくして天女を妻にして産んだ。
『宜野湾市 森の川がゆかりの地』
1361このころ 

察度が『首里城』を築き移る
1365来頼法印(らいじゅうほういん)真言宗 渡来 
1368来頼法印(らいじゅうほういん)
波之上 護国寺建てる
1372中国の明 洪武帝 冊封 開始

  『瑠求』を『琉球』に改める 

「泰期(たいき)は察度の異母兄弟とされる 残波岬の銅像」
1383北山・南山 も中国と通交 
(山は島や国の意味を持つ)
1393巴志 佐敷按司となる
1395察度王 75才 死去
1396武寧 41才 王に就く
1402尚巴志 島添大里按司を亡ぼす
1404シャム船 来球 交易始まる 
1405武寧 50才 酒と色にふけり、
尚巴志に滅ぼされる
じんた

まだ琉球を統一できていないけど、

明と交易を深めて、

首里城を建築したり

文化が栄えてくる時代ですね!

14世紀末頃に「三線」(さんしん)も

伝わっているよ!

■第一 尚氏王統 7代 8代の中和は不明

中山王の尚巴志(しょうはし)が
三山統一して「琉球王国」になる時代

7代続く
8代目の中和(ちゅうわ)は不明

■第一尚氏王統時代の沖縄の年表
琉球
1406尚巴志(しょうはし)が武寧を破ると、

尚巴志の父

1代:尚思紹(しょうししょう)が王に就く
神号:君真物 

「琉球の最高神としてのキンマモン」=弁才天説あり? 
1421尚思紹 67才 死去
14222代:尚巴志 50才 王に就く
1422護佐丸 座喜味城へ移る
1427首里城外苑の龍潭(りゅうたん)造る
(龍の頭の形の池)
1429尚巴志 
南山 他魯毎(たるみい)を亡ぼし

三山統一 『琉球王国』 成立
1439尚巴志 68才 死去
14403代:尚忠 50才 王に就く
(尚巴志の次男)
護佐丸 中城城へ移る
1444尚忠 54才 死去
14454代:尚思達 38才 王に就く
1449尚思達 43才 死去
14505代:尚金福 53才 王に就く 
(尚巴志の第6子)
日本僧 芥隠(かいいん)来琉
・臨済宗 崇元寺(そうげんじ)建てる
尚金福 56才 死去 
弟の王位継承の乱 首里城燃える(全焼した形跡なし)
1453金福の子 志魯(しろ)が継ごうとするが、
金福の弟の布里(ふり)が後継者になると言い出して、
権力争いが起こる。
1454
6代:尚泰久 40才 王に就く
(尚巴志 第7子)
1458護佐丸 中城城で自害
(阿麻和利をけん制していたのに、王府の旗で攻められて無抵抗で自害した)
阿麻和利 勝蓮城 亡ぶ 
(この2名の争いは疑問が残っているとされる)
万国津梁鐘 首里城正殿に掛ける
1460尚泰久 46才 死去
14617代:尚徳 21才 王に就く
(尚泰久の三男)
1469尚徳 29才 死去
(暴虐無道のふるまいで金丸に反逆されたと史書に書かれているが、
第二子の中和が王(8代?)と朝鮮王朝の書に記載在り) 
じんた

この、尚巴志(しょうはし)が

琉球を初めて統一した人物なんだね!

尚巴志のお墓は、

現在読谷村に移されています。

尚巴志の陵墓
尚巴志の墓
尚巴志の墓の周り
たこん

季節によっては、草木が茂ってるから長袖長ズボンでいったほうがええで~。虫もいっぱいおるしね。

■第二尚氏王統

尚徳の重臣の金丸(かなまる)がクーデターを反逆して権力を奪う。

自らを尚円(しょうえん)と名乗り王となって統制した時代。

■第二尚氏王統時代の沖縄の年表
琉球
14701代:尚円(しょうえん)《本名:金丸》 56才 王に就つく
*上記から見てクーデターの可能性が強い。
1476尚円 62才 死去
14772代:尚宣威王
3代:尚真王(本名:マアカトダル) 
中央政権支配の実施 各地の按司を首里に済ませ、地方に役人を住ませる。 ハチマキの色の身分制度
聞得大君(きこえおおぎみ)を頂点とする女神組織つくる。
仏教を推奨し寺院を建てた。おもろの収集など文化を開花させた。
第二尚氏の菩提寺 円覚寺 建てる 芥隠の教え 臨済宗
1522日秀上人 漂着
15274代:尚清王
金武観音寺 創建
1534冊封使 出迎えで「守礼の門」建てた 
15565代:尚元王
15736代:尚永王
15897代:尚寧王
 尚寧の骨は浦添のようどれに埋葬されている。
 1620年に尚寧はうらぞえようどれを改修。
1605野国總管(のぐにそうかん)中国よりイモを持ち帰る
1609
島津氏の琉球侵略(古宇利島→今帰仁→読谷大湾→那覇で攻めた。)
16218代:尚豊王
16419代:尚賢王
164810代:尚質王
1650
羽地朝秀 が史書『中山世艦』を記録する
166911代:尚貞王
1701蔡鐸(さいたく)が「中山世艦」を漢訳した
「中山世譜」(ちゅうざんせいふ)
171012代:尚益王
171313代:尚敬王
首里王府
・「琉球国由来記」(りゅうきゅうこくゆらいき)編纂
・「球陽」(きゅうよう)編纂
175214代:尚穆王
179515代:尚温王
180416代:尚成王
180417代:尚灝王
183518代:尚育王
184819代:尚泰王
18534月ペリー来球
186712月 明治維新 新政府誕生
18793月 琉球処分 
【廃藩置県】 琉球藩廃止して沖縄県
たこん

浦添のようどれは違うけど、

こっちの玉陵(たまうどぅん)は世界遺産なんやね!

沖縄の歴史わかりやすいまとめ
沖縄の信仰・文化 沖縄の疑問 わかりやすく 歴史から紐解く グスク・ノロ・ユタ・古琉球・琉球終わり・戦争・基地問題・交通  たこん 沖縄って、いつまで琉球やったんやろう?ノロとユタの違いも不思議やし、現在の会社名に、琉球新報、琉球日産とか琉球がつくのと、沖縄...

沖縄の歴史参考文献

琉球歴史総合年表 著者:又吉眞三先生
琉球・沖縄史 著者:新城 俊昭和先生
中山世艦 編著:首里王府
これも読んでみて!